「生」の根源を解き明かす挑戦(イマジネーション) そこには「官能」が息づいている――ランをはじめとする花々の美しい姿の中に、食虫植物が虫を捕食する仕組みの中に、あるいは風に漂う独特の匂いの中に、そして薬草としての利用の中に。 本書は、存在に肉薄する植物写真と有機的なデザインをともないながら、暗がりに放り込まれてきた「官能」に光を当てるビジュアルエッセイ。いにしえの神話や聖典、世界各地の伝承伝説、古今の植物学・博物学・心理学などの蓄積の中から「植物に性を見るまなざし」を探り出し、さらに植物の形や生態に対する精緻な観察を通して、深い思索と豊かなイマジネーションを繰り広げていく。 例えば、「ネペンテス」(ウツボカズラ)に男性性と女性性を見出すウォッチングから、ギリシア神話の世界で語り継がれた男女両性者の物語にたどり着く。例えば、ダーウィンが「動物が姿を変えたもの」と呼んだ「ドロセラ」(モウセンゴケ)の粘液から、生と性と死の輝きを考える。例えば、闇夜に咲く「月下美人」の大輪の花とその受粉を媒介するオオコウモリから、吸血鬼信仰に連なる禁忌と美を導き出す。そして例えば、マヤ・アステカ文明の時代に遡るショコラトルの歴史を振り返りながら、媚薬・強精の効果が期待されてきた「カカオ」利用の今昔を考察する。 本書が「形態」「生態」「匂い」「利用」の4章立てで取り上げるのは、身近な観葉植物からアフリカ南部の珍しい寄生植物に至るまで、あわせて35の「美」。各章の末尾に加えた随想(Plants&Human)では、人の営みと植物と官能の関わりを見つめる。 「官能植物」の冒険が、「生」の根源を解き明かす。 第一章官能的な形態 第二章官能的な生態 第三章官能的な匂い 第四章官能的な利用 ■本書〈序〉より―木谷美咲/著 植物はあまりにも美しい。身近な草花から限られた地域に生える奇妙な種に至るまで、ただそこに存在するだけで、なぜこれほどまでに魅力的なのか。植物の美しさに心打たれていた時、その美の根源に官能が潜んでいることに気づいた。そうだ、植物は官能的なのだ。 「官能」とは「肉体的快感、特に性的感覚を享受する働き」。それは秘するものとして扱われ、時にいかがわしいものとされることもあるのだが、しかし、私はそうは思わない。官能は生の根源であり、世界の真実を解き明かす重要な鍵であると考えている。 植物の官能性に気づく最初のきっかけになったのが、食虫植物との出合いだった。本来なら虫に食われるはずの植物が、逆転して虫を捕食し、栄養に変える姿に、震えるほどの感動を覚えた。植物が虫を捕食する生態は「ヒエラルキーへの反逆」だ。虫たちがもがき苦しみ、やがて死を迎え、その「死」が植物の「生」になる営み。この反逆の仕組み、死と生のドラマを生み出すにいたったのは、過酷な環境に適応するためである。生への執念が生態となって表れたものであり、私はそこに烈しい美を、そして官能を感じたのだ。 私は、植物の官能性について、具に調べ、ひたすら思索した。 官能を感じさせるのは「生態」だけではない。巨大に屹立した植物の形姿やランをはじめとする花たち(花はすべからく生殖器である!)の「形態」にも、虫を誘き寄せる「匂い」にも、媚薬や性具として直接人間の性と結びついてきた「利用」の歴史にも、官能は潜んでいる。そしてそれは、「生命とは何か」という深淵な問いに直結している。 古代の神話や聖典の中にも、世界各地の伝承伝説の中にも、植物に性を見るまなざしが息づいている。 分類学の父リンネ(CarlvonLinne一七〇七?一七七八)も、植物に官能性を見出し、それが世界を解き明かす重要な鍵と捉えていた一人だ。 彼は著書『自然の体系』で、植物の分類において、雄しべと雌しべによる新たな体系(「性の体系」)を提唱し、系統樹の起点である開花を「植物の結婚、植物界の定住者の生殖行為」と記した上で、二十四綱すべてを人の性の営みになぞらえて解説した。加えて次の一文を「性の体系」の系統樹に掲げている。「植物の花は喜びである。…このように植物は繁殖する!」。喜び!まさに性とは、生きる喜びであるのだ。 リンネは、植物の性、性へのまなざしを広く世に知らしめた。リンネの分類法は時代とともに見直されたが、初発の理念はここにある。 本書は、三十五の植物を取り上げる。「形態」「生態」「匂い」「利用」の四章に分け、各植物の官能性を観察し、考察していく。また、各章末には、植物と人の関わりの中に官能を見出す随想を加えた。 執筆を進めながら思い至るのは、性に言及することやイメージを膨らませることが、現代ではいかにネガティブに捉えられ、抑圧されているのか、ということだ。官能に対して人々は目をつぶり、正面から向き合おうとせずに振る舞い、艶めかしく複層的な「生」というものをきちんと考えることを忘れてしまっているのではないか。 本書が、暗がりに放り込まれていた植物の官能に光をかざす一助になれば幸いである。 あなたが花を眺めて美しいと感じるその瞬間に、官能は、そこにある。 著者について ■木谷美咲(きや・みさき) 1978年東京都生まれ。食虫植物に出合って、形や生態に魅せられる。執筆活動のほか、テレビやラジオへの出演、イベントへの参加などを通じて、植物の魅力の紹介と普及につとめている。主な著書に『大好き、食虫植物』(星野映里名義/水曜社)、『マジカルプランツ』(山と渓谷社)、『私、食虫植物の奴隷です。』(水曜社)、『不可思議プランツ図鑑』(絵・横山拓彦/誠文堂新光社)、『世界一うつくしい植物園』(監修・森田高尚/エクスナレッジ)など。 ※2017年5月現在のものです |
この商品の説明
著者/アーティスト
著者: 木谷美咲
目次
第1章 官能的な形態(ネペンテス;パフィオペディルム ほか);第2章 官能的な生態(ディオネア;絞め殺しの木 ほか);第3章 官能的な匂い(ショクダイオオコンニャク;ドロソフィルム ほか);第4章 官能的な利用(カカオ;コリアンダー ほか)
商品仕様
- アイテム名:書籍
- ページ数:198p
- 大きさ:21cm(A5)
- 出版社:NHK出版
- ISBN-10:4140093560
- ISBN-13:9784140093566
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